Web Advertising Bureau | Web広告研究会

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「顧客中心のプロに学ぶ、「良い顧客体験をつくりだす」ための考え方と具体的な手法」2019年4月22日開催 月例セミナーレポート第2部 イベント報告

  • 掲載日:2019年6月13日(木)

「顧客体験とは何か」「実際にかかわった良い顧客体験構築の事例は」「顧客を知り、インサイトを探る良いやり方は」――UXやマーケの専門家3人が明かした「良い顧客体験をつくりだす」ための考え方や方法論を、事例とともに紹介する。

Web広告研究会2019年4月の月例セミナーが、「顧客中心主義の真の顧客体験とエンゲージメント」をテーマに4月22日に開催された。

第2部では、「顧客中心主義の真の顧客体験とエンゲージメントとは」をテーマに、第1部で登壇したプロフェッショナルが登壇しパネルディスカッションを行った。ビービット宮坂氏がモデレーター、インフォバーン井登氏とニューバランス鈴木氏がパネリストとなり、
・「顧客体験」とは何か?
・優れた「体験」を創るためのエッセンスとは?
・組織を動かして実現していくためのポイントは?
といったトピックに関して、それぞれの経験や考えを交わした。




■時代の閉塞感にデジタルが加わり、再びリアルな体験に向かう

【宮坂】 このパネルディスカッションでは、「顧客体験とは何か」「優れた体験を作るにはどうすればいいか」ということを中心にお話をうかがっていきたいと思います。

「顧客体験」「UX/CX」という言葉を聞くことがここ数年増えてきましたが、これらはなぜ注目されているのでしょうか。


<写真 モデレーター:株式会社ビービット
執行役員/エバンジェリスト 宮坂 祐 氏>



【井登】 プロダクトやマーケティングの文脈でUXが語られ始めたのはここ10年のことだと思いますが、閉塞感が関係しているように思います。家電がなかった時代は、洗濯機を作れば家事の習慣を変えるような「新しい体験」を作れました。しかし、ここ10年は、通常のプロダクトを作る流れでできるのは「すでにある体験を改善・効率化」することくらいで、新しい体験や習慣を作りだすことは難しくなっていました。

【宮坂】 20年前はプロダクトが新しい体験や習慣をもたらしたが、ここ10年は改善してきただけだと。

【井登】 Windows 95の発売以来、スマホも含めてデジタルの民主化が進み、デジタルの領域においてのUXが注目されるようになったと思います。

【宮坂】 デジタルという新しい社会インフラによって、デジタルを活用した新しい習慣への期待が背景にあるということですね。

【鈴木】 新しいものが生まれないから体験が注目されているのではないかと思います。ディズニーランドがいい例です。ディズニーランドは文化のミックスなので、行けばいろいろな体験ができて満足できます。

ミレニアルズ(2000年以降の世代)の特徴として世界旅行をしている人が多いことがあります。世界では13億人が旅行をしており、これは急激に増加しています。日本には年間3千万人の旅行者が来ます。閉塞感と旅行は背中合わせで、旅行という体験くらいからしか新しい価値を得られないということがあります。



【宮坂】 鈴木さんのプレゼンにもあった「場」も非デジタルな体験ですね。UXはデジタルから勃興しましたが、「場」「体験」「閉塞感」といったキーワードは、どのように捉えるのがいいのでしょうか。

【鈴木】 人間は肉体という前提があるから、リアルな体験のほうがストレスがないのだと思います。

【井登】 「OMO」というように、デジタルの体験とリアルの体験が一緒になって混ざるようになりました。デジタル以前はリアルの体験しかなかったので、行くしかなかった。しかしデジタルが登場したことで、デジタルで試せるようになり、コストが下がった面がありますね。デジタルで試せることで欲求のレベルが上がり、結果として「現場で触りたい、見たい、聞きたい」ということになるのだと思います。

海外旅行にしても、昔はお金がかかって大変だから難易度が高かったものですよね。でも、移動のコストが下がって、かつ事前にオンラインでホテルを調べたり予約したりできるようになったことで、海外旅行のハードルが下がってきました。

【宮坂】 デジタルが体験を簡単にすることで、五感への欲求、期待感が高まり、リアルな場で増幅されるということですね。


■デジタルが欲求を高めるので、イービルな体験設計には要注意

【井登】 Google以前は一般の人が調べるには特殊な環境が必要でしたが、今は検索ができるので、調べたいというインテンションがすぐにアクションになります。デジタルで意識が行動を生むようになったことで、実は、「問題をなんとかしたい」というインテンションが以前よりも増えています。

【鈴木】 昔は調べるのが大変だったからやらなかったところ、デジタルによって情報検索のコストが下がってできるようになりましたからね。その分、違うことにかける労力や時間が増えました。

【井登】 余暇が生まれてより高次な体験ができるようになったとも言えます。

【宮坂】 モノがいきわたった環境にデジタルが普及して、その場にいなくても仮想的に体験できるようになった。それによって利用者に余暇が生まれ、五感に訴えるような体験を欲求するようになったということですね。

【井登】 鈴木さんのプレゼンにZMOTの話がありましたが、知ることで欲しくなったりやりたくなったりします。デジタルが人間性や社会に入り込んでいったことで、「海外旅行に行きやすくなったと知ったから海外旅行をする」というように、行動や体験に影響しています。


<写真:株式会社インフォバーン 取締役 井登 友一 氏>


【宮坂】 井登さんの話のなかで、意味のデザインとして「空港でバゲージクレームまでの通路をあえて長くして、荷物を待つだけの時間を減らす」という例がありました。これは、心象や期待値を操作することでより満足させている側面があるとも言えますよね。

【井登】 そういう見方もできますね。デザインの領域でもイービルデザイン(悪意あるデザイン)の概念が広まっています。たとえば、
・サービスを解約するための入力フォームを長く複雑にする(解約を防ごうとする)
・買い物中にあと5分で値段が変わりますと急かす(すぐに購入させようとする)
といったUXのダークパターンですね。

こうしたデザインが「企業側の利益」や「特定の環境下でのみ良い状態」のためにされているのならば、それは邪悪なものだと言えます。本来は、気づかないうちに満足できるような人間中心の設計をしなければならないものです。こうしたデザイナーの倫理観が、いまは高まってきています。

【宮坂】 とはいえ、「心象を操作するようなイービルデザイン」と「サービスや機能を良くしようとするデザイン」いうのは、線引きが難しいところもありますよね。

個人的な体験になりますが、僕はこの1年でニューバランスの製品を20万円くらい買っています。以前は買っていなかったのに、40歳を越えて火が付き、日々配信されるメールに購買意欲を刺激されています。すてきな靴が買えてよい体験ともいえますし、経済的にギリギリのラインをコントロールされているようなところもあり、線引きを注意深く設計されているのだろうとイメージしています。

【鈴木】 ニューバランスとしてお客さまごとの経済的余裕ギリギリを狙うといったコントロールはしていませんよ(笑)。

でも、言いたいことはわかります。何を目指してやっているかがあると思います。リバタリアン・パターナリズムという概念があります。「ユーザーには選択肢を用意しておきながら、企業として望む方向にいくようにする」という設計もその1つだと言えるかもしれませんが、その際に考えなければいけないのが、「だれのために、どういう目的で、それをやるのか」です。

【宮坂】 自社としてどういう価値を提供するかのポリシーが根底にないとイービルになるということですね。


■ジョブ理論から考えるブランドと顧客の価値交換

【井登】 プレゼンでニーズドリブンの話をしましたが、ここ20~30年はニーズドリブンをがんばりすぎた印象があります。もっと正確に言えば、「ユーザーが喜ぶものを作る」を誤解しすぎたんですね。結果的にモノが売れなくなった。

それに対して、宮坂さんがいまニューバランスにハマっているのは、個人とブランドとの関係が以前とは変わっていることを表していると思います。企業は、製品やサービスを媒介にして「意味」や「価値」を顧客に届ける時代なんです。そうしないと、一過性のブームで終わってしまいますから。

だからブランドのサービスデザインには「お客さんがファクターとなってインタラクションやコーポレーションが発生する」ような考え方が必要です。企業はビビらずに価値を提案しないと、だれからも共感されなくなり、消えてしまうでしょう。

【鈴木】 「価値提案」と言われることもありますが、私は「価値交換」というように考えています。クリステンセンのジョブ理論が参考になります。ジョブ理論は簡単に説明すると、お客さんが片付けたい用事=ジョブに対して、サービスを雇う(ハイヤー)という考えで、企業はお客さんをセグメントして提供できるジョブを考えます。ジョブ理論の「雇う・雇われる」という概念のおもしろいところは、それが一方向ではない点ですね。

ブランドはすべての人がターゲットではないので、どういう人とどういう価値交換をするのか前提が必要です。ブランドを場所で考えてみると、高級料理店にするのか、クラブにするのか、ということが近いかもしれません。どういう価値を作り、だれに選ばれるのか、だれと価値交換をしたいのか、ということです。


<写真:株式会社ニューバランス ジャパン
DTC&マーケティング ディレクター 鈴木 健 氏>



【宮坂】 ニーズドリブンは当然のこととして、企業としてお客さんにどんな価値を提供するのか、お客さんにどうハイヤー(雇用)してもらうのかというところから良い体験を考えていけそうですね。

【井登】 ハイヤー(雇用)の概念はよいですね。実際の企業でも、求人に応募して雇われる人もいれば雇われない人もいますが、「雇われない=その人がダメ」というわけではなく、「雇われる=そのとき募集していたそのポジションに合っていた」ですからね。モノやサービスでも「文脈や場所に合っているものが選ばれる」ということですね。

山内裕さんという研究者は「闘争としてのサービス」を提唱しています。高級江戸前寿司店では主人とお客さんの間に緊張関係のあるインタラクションがサービスの価値を高めるという考えです。店がお客さんに合わせてしまっては価値が下がるので店の思う内容を提案する。客はそれを受け入れる知識が求められるのですが、客が負担に思ってしまっては価値がなくなってしまうので、お互いに与え与えられるような関係です。


■顧客の心理を掘り下げるインタビューのコツは「何をどの幅で聞くか」の設計

【宮坂】 自分たちのビジネスをジョブに置き換えるのは難しいですよね。概念はわかりますが、「意味をデザインする」ということをどうとらえればいいのか、そのためのコツを教えてください。

【鈴木】 ベタですが、顧客とのインタビューで「Gains(ゲイン)」と「Pains(ペイン)を聞いていくことです。顧客の観点から質問や選択肢を考えたり、理由を掘り下げて聞いたりすることはおもしろいですね。

ジョブ理論の書籍にマットレスを買った人のインタビューが紹介されています。「最初に高いマットレスを勧められて購入したが体が痛くなってしまった、その後コストコで買い直した」という話なのですが、顧客インサイトがたくさん見つかるんですね。インタビューから、顧客の状況や問題を整理するのは、基本的なことですが必要だと思います。

それこそニューバランスの直接の顧客として宮坂さんの話も聞いてみたいです(笑)。

【宮坂】 (笑)井登さんは顧客リサーチやインタビューの専門家ですが、留意点をうかがいたいです。

【井登】 一対一のデプスインタビューのコツは、何をどの幅で聞くかというコンテキストとスコープの設計です。仮説があって検証する場合は、構造的に知りたいことを確認して、考えを掘り下げて行きます。

逆に何が起こっているのはわからないときは、こっちが知りたいことよりも、相手が話したいことを2~3時間かけて聞く。認知心理学に近いのですが、たくさん話しを聞いていると、相手の感情がたかまって泣き出すこともあります。

【宮坂】 僕がなぜニューバランスを買うのかを井登さんに聞かれたら、僕は感極まって泣き始めるという……(笑)。

【井登】 人によっては「ニューバランスが自分にとって、どういう意味を持つか」を意図的に話せる人もいますが、すべての人がそうとは限りません。そのため一般的な生活者にインタビューする場合は、課題を引き出して解決する方法や意味を知るのがオーソドックスなやり方です。

ただし、「今はまだない、新しいもの」を作るときは、また違います。まだないものに関して語れる人はいないので、その場合はエクストリーマーを探します。たとえば
・10台スマホを持っていて半年で全部変える人
・スマホをまったく使わない人
といったように、いわゆるキャズム理論の両端にあたるイノベーターとラガードに話を聞いて、兆しを見つけます。意図的な人は考えてやっているので、理由を語れます。未来人から兆しを聞くようなイメージです。

いずれにせよ、ニューバランスについて聞く場合でも、スニーカーととらえるのか、フィットネス、アクティビティの文脈から聞くのかなど、事前に予備調査で自分たちのブランドの仮説をたてて、意図を持って聞いていく必要があります。当たり外れがあることを前提に効率よくやろうと思わないことです。





■データで見える行動の背景を探ることにマーケティングのおもしろさがある

【宮坂】 意味をデザインするということは、仮説をたてては壊すプロセスの繰り返しなんですね。

【鈴木】 デジタルマーケティングは、ABテストでユーザーの行動の結果はわかりますが、その行動の背景にある理由を考えたり解釈したりすることにおもしろさがあります。

ニューバランスでは、広い生活の文脈の中でブランドを捉えています。スポーツだけだと早く走るというようなリニアな変化に捉えられてしまいますが、
・スポーツしたい時はいつなのか
・短い時間なのか、長時間なのか
・他のこととどう違うのか
などを知ることで、つながりが見えることがあります。

ニューバランスは、ノームコア、オーセンティックにライフスタイルの価値をおいていますが、デジタルが進むにつれ、人間的なものに回帰したいというユーザーの欲求に反応しての結果かもしれません。

【宮坂】 鈴木さんは、ニューバランスの中でECサイトやカスタマージャーニー設計などをされていますが、「ジョブ」「ハイヤー」といった捉え方の例はありますか。

【鈴木】 数年前に出したスニーカーはフィットネスで走る人が早く走れる靴です。この靴をなぜ作ったのか開発の現場に話を聞いた時に、背景にジョブがあると感じました。その狙いとは「フルマラソンを早く走る」ではなく「短い時間で走った満足感を得る」です。

フルマラソンを2時間以内で走るというようなランニングシューズは、ターゲットが陸上部や駅伝選手などに限られます。

しかしフィットネスで走る人は、長い距離ではなく5~10キロメートルくらいを走って、リフレッシュしたり達成感を味わったりしたいという思いがあります。

これまで、短時間向けの人には、クッションが強くてやわらかい靴を用意していましたが、それだと達成感が得られない。そこであえて、早い人向けの素材を入れて、早く走った感じを短い距離でも味わえるような靴を作ったんです。


■仮説をたててインサイトを探る力を鍛えるには、「視点を変える」

【宮坂】 マーケターとして顧客調査でなぜを突き詰めていくなかで発見があり、それがプロダクトやWebコミュニケーションに活かされますが、個人の努力として仮説構築力を上げるためのヒントを教えてください。

【井登】 リサーチに限らず、類推思考の観点を持つと新しい発見が得られます。我々が企業の新しい体験づくりを手伝う意味は、データを違った眼鏡で見て解釈することです。そのブランドは何であるか、クライアントとの対話や生活者からの声からの解釈に加えて、自分たちから見てそのブランドは何かを考えると、発見があります。

なお調査でファクト(事実)は収集できても、インサイト(洞察)を得られないことがあります。インサイトを得るための方法論としては、異なるレンズ(たとえば別のブランドや産業など)に照らし合わせて、文脈を変えてみるといった手法が有効です。

【鈴木】 メタファーを使うのがいいと思います。「ニューバランスがビーチリゾートとしたら何?」といったような感じですね。あるいは、「あなたがスティーブ・ジョブズだったら、どんな靴を作るか」という観点から考える。パーソナリティや価値観がわかっている有名人からは発想しやすいです。

【井登】 インタビューの前のアイスブレイクとして「ニューバランスを食事にたとえると何でしょう」とヒントを与えずにユーザーに聞いてみると、どんな領域で捉えられているか、のレンズをもらえますね。

【宮坂】 顧客体験について話していくなかで、
・顧客体験はお客さんの要望に合わせて作るだけではなく、ジョブ理論などを参考に意味合いの定義をし直す
・そのためには、さまざまな手法でお客さんから直接聞いてインサイトを得ていく
などの知見をお話しいただきました。ありがとうございます。



2019年4月22日開催月例セミナーレポート第1部
 

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